武蔵屋の歴史

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手打そば武蔵屋の始まり

もともとは、手打そば武蔵屋の創業者である関根信夫の父、啓三が始めた粉屋がきっかけでした。

当時、父の啓三が農家を相手に精米・製粉業を営んでいました。

まだ秩父ではそば屋も少ない時代。その製粉し余った粉を機械で製麺したことがきっかけで、創業者である信夫はそばとの出会いをはたします。

こうして信夫は幼少の頃からそば屋の環境に親しみ、物心ついた頃からそば屋になろうと決心していたのです。

手打そば武蔵屋の始まり

趣のある建物とこだわり

では、現在のお店はどのようにして作られたのか。母屋が建てられたのは、今から32年前。

長野県の重要文化財に指定されている、堀内家住宅をモチーフにして作られました。

特徴は、 長板葺きの緩やかな勾配の妻入り屋根に、二階の出格子窓。正面は柱と梁と貫、そして壁によって出される独特な雰囲気があり、手打そば武蔵屋ならではの店構えとなっています。

店内は、天井も高く、柱や梁など、木材の特徴を生かした造りとなっています。

その後、喫茶店を2年後に増設、さらに陶芸むさしやを4年後に増設、その4年後には駐車場も整備。ギャラリーをその4年後に建て、現在へと至ります。

昭和59年には、秩父宮妃殿下霧藻ヶ峰登山に協力に対し妃殿下より御言葉を賜り、秩父山岳連盟より表彰を受けています。

昭和59年4月17日秩父宮妃殿下武蔵屋のそばをご賞味

昭和59年4月17日
秩父宮妃殿下武蔵屋のそばをご賞味

おわりに

創業当時のコンセプトは、気取ったそば屋ではなく、みんなが腹いっぱい食べられるお店を目指してスタートしました。出汁も独特の甘みを入れた自分好みの味付けで始め、たくさんの方にご来店いただきました。

これからも今までと変わらず、皆様に親しんでいただけるようなお店作りを心がけてまいります。

今後とも手打そば武蔵屋を宜しくお願い致します。